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東京地方裁判所 昭和33年(ワ)705号 判決

原告 中村孝次郎

被告 株式会社 三菱銀行

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は、原告に対し金一、〇〇〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和三二年一月二一日から支払ずみに至るまで年六分の金銭の支払をせよ。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

「原告は、訴外華北塩業股分有限公司(以下単に訴外会社という)に対する報酬債権金六、三八二、〇〇〇円についての強制執行のため、東京法務局所属公証人高野正保作成昭和三一年第一、二四三号委任契約公正証書の執行力のある正本に基き、訴外会社が被告に対して有する通知預金債権一、〇〇〇、〇〇〇円に対し、訴外会社を債務者、被告を第三債務者として東京地方裁判所に差押命令及び転付命令を申請し、同裁判所は、右申請に基き昭和三二年三月二五日右預金債権に対し差押命令及び転付命令を発し、これらの命令は同月二七日訴外会社及び被告にそれぞれ送達され、原告は、同日右預金債権を取得するに至つた。

そこで原告は、昭和三三年一月一九日被告に対し書面により右転付債権の支払を催告し、その書面は同月二〇日到達したが、その支払がないので、被告に対し右預金債権金一、〇〇〇、〇〇〇円及びこれに対する右書面到達の翌日である昭和三三年一月二一日より支払ずみまで商法所定の利率による年六分の遅延損害金の支払を求める。」

と述べ、

被告の第一の主張に対し、

「訴外会社が、昭和二四年政令第二九一号に基き、原告主張のとおり「在外会社」に指定され、特殊整理中のものであること、本件強制執行の基本たる債務名義に表示された債権が被告主張のとおりの報酬債権であつて、これに対応する訴外会社の債務が右政令第七条にいう「特殊整理に要する費用に係る債務」に該当すること、本件転付命令の目的たる預金債権が被告主張のとおり訴外会社の「整理財産に属する資産」であることはいずれも認めるが、「特殊整理に要する費用に係る債務」は、次に述べるとおり、右政令第八条にいう「整理財産に属する債務」に該当しないから、強制執行等の禁止を定める同条は、その適用の余地がない。すなわち、

(一)  右政令中第八条その他においてしばしば用いられている「整理財産に属する債務」については、その定義規定はないが、同政令第二条第一項第六号によれば、「整理財産」とは、在外会社の「資産」及び「負債」をいうものとされ、同号ロにおいて「負債」の定義を掲げていること、同号ロには「負債」と「債務」とを同義語に用いていること(同号ロ(三)、(四)、(五)、(六))、及び「属する」という用語が通常「その部類にある」「その種類にある」「その範囲にある」という意義をもつことから考えると、「整理財産に属する債務」とは、同号ロに列記された「負債」を意味することが明白であつて、整理財産に属する負債というのと同一義に用いているものと解すべきである。従つて同号ロに列記されていない負債は、同政令第八条にいう「整理財産に属する債務」には含まれない。

「整理財産に属する債務」が同号ロの「負債」と異なるとする被告の見解は、「属する」という用語を「その種類又は範囲にある」という趣旨に解しない結果であつて、通常の用例に反するのみならず、「整理財産に属する債務」の範囲を不明確ならしめ、国民の権利の消長に重大な影響を及ぼす諸規定(四条、六条、七条、八条等)や罰則の適用を曖昧することになる。

(二)  ところで、「特殊整理に要する費用に係る債務」は、右政令第二条第一項第六号ロの(一)ないし(六)に掲げる負債のいずれにも該当しない債務であるから、在外会社の負債又は債務ではあるが、「整理財産」でもなければ、整理財産たる負債でもなく、従つてまた「整理財産に属する債務」でもない。

(三)  同政令第七条第一項本文にいう「整理財産に属する債務」の意義も、同政令第二条が政令の用語を統一的に解釈するために設けた定義規定であることにかんがみ、同政令第二条第一項第六号ロに列記の「負債」以外の債務を含むものと解すべきではない。同政令第七条第一項が「特殊整理に要する費用に係る債務」の消滅行為について同項本文に対するただし書の形式をもつて規定しているが、だからといつて、直ちに本文に定める原則の例外を規定したものと認めるべきではなく、少くとも同項第一号の右債務については、単に無制限に債務消滅行為をなし得る旨を注意的に規定したものと解すべきであり、同項第一号の「特殊整理に要する費用に係る債務」が、同項本文の「整理財産に属する債務」に含まれるとすることは誤りである。

(四)  要するに、「整理財産に属する債務」とは、同政令第一五条ないし第一六条の規定等をも勘案すれば、在外会社の指定日現在における一定の債務を意味し、指定日以後における特殊整理の遂行に関して生ずる費用に係る債務の如きは、これに含まれないものというべきである。」

と述べ、

被告の第二の主張に対し、

「原告が譲渡禁止の特約があることを知りながら転付命令を得たことは否認する。銀行に対する預金債権について当事者が譲渡禁止の特約をすることは自由であるが、かかる特約をしないことも自由なのであるから、本件預金契約に際し右の約定がされたか否かは、局外者である原告の知り得べきところでなく、このことは局外者がかつて大蔵省官吏であり、現に弁護士である場合でも同様である。」

と述べた。

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決及び被告敗訴の場合における担保を条件とする仮執行免脱の宣言を求め、

「原告主張の事実はすべて認めるが、被告は、次の理由により原告の請求に応ずることはできない。」

第一原告主張の預金債権に対しては、昭和二四年政令第二九一号「旧日本占領地域に本店を有する会社の本邦内にある財産の整理に関する政令」第八条により強制執行が禁止されているから、本件差押命令及び転付命令は実質的に無効であり、原告は、右預金債権を取得しないものである。すなわち、

(一)  訴外会社は、右政令第二条第一項第一号の規定に基き、昭和二四年八月一日主務大臣の告示により同号にいう「在外会社」に指定され、特殊整理人により整理中の会社である。

(二)  右政令第八条は、整理財産に属する債務の債権者は、当該債権につき相殺をなし、又は整理財産に属する資産に対して強制執行、仮差押、仮処分若しくは競売法による競売をすることができない旨規定している。

(イ)  右に「整理財産に属する債務」とは、定義規定はないが同政令第二条第一項第六号にいう「負債」をいうのではなく、同政令第七条第一項本文にいう「整理財産に属する債務」と同一意義を有するものと解すべきところ、同項ただし書の規定は、同項本文の例外を規定するものであるから、同項第一号に掲げる「特殊整理に要する費用に係る債務」が「整理財産に属する債務に含まれることは疑いがない。この「特殊整理に要する費用に係る債務」は、同項ただし書により特殊整理人が任意に弁済することができるが、その債権者が整理財産に属する資産に対し強制執行をすることは、右第八条により禁止されている。

ところで、原告主張の強制執行の基本となつた債務名義に表示された原告の債権は、訴外会社が国に対し請求すべき整理財産の支払獲得に関する一切の権限を弁護士である原告に委任し、訴外会社が手数料として原告に支払を約定した報酬債権であるから、これに対応する訴外会社の債務は、右にいう「特殊整理に要する費用に係る債務」であり、したがつて、右政令第八条にいう「整理財産に属する債務」であるといわなければならない。

(ロ)  右政令第八条にいう「整理財産に属する資産」とは、同政令第二条第一項第六号によれば「旧金、銀、有価証券等に関する金融取引の取締に関する件(昭和二〇年大蔵省令第八八号)第二条第二号の規定に該当する在外会社の本邦内にある資産」がその主要なものであるが、右大蔵省令第二条第二号には、「昭和一六年一二月七日以降ニ於テ外国居住者ガ直接又ハ間接ニ全部又ハ一部ヲ所有又ハ管理スル本邦内ニ在ル財産」とあつて、本件差押命令及び転付命令の目的である預金がこれに該当することは疑いを容れないのであるから、右預金債権は、訴外会社の「整理財産に属する資産」といわなければならない。

第二原告主張の預金債権については、譲渡禁止の特約がされているところ、銀行預金がすべて譲渡禁止の特約付であることは、銀行取引の常識であつて、原告は、かつて大蔵省の官吏であり現に弁護士として相当の社会的地位にある以上、譲渡禁止の特約のあることを知りながら、これに対し転付命令を得たものというべきであるから、その転付命令によつては、債権移転の効力は生じていない。」

と述べ、

証拠として、被告訴訟代理人は、乙第一、第二号証を提出し、原告訴訟代理人は、乙第一号証の原本の存在及び成立を認める、乙第二号証の原本の存在及び成立は知らない、と述べた。

理由

原告が請求原因として主張する事実関係は、すべて被告の認めるところである。

よつて、まず本件強制執行が、強制執行の禁止等を定めている昭和二四年政令第二九一号(旧日本占領地域に本店を有する会社の本邦内にある財産の整理に関する政令)第八条第一項に抵触するかどうかについて判断する。

訴外会社が右政令第二条第一項第一号の規定に基き、同年八月一日主務大臣の告示により同号にいう「在外会社」に指定され、特殊整理人により整理中の会社であること、本件強制執行の基本たる債務名義に表示された債権が、原告の訴外会社に対して有する委任事務処理に関する報酬債権であること、及びその委任事務の内容が訴外会社の有する債権の回収事務であることは当事者間に争いがなく、原告の右報酬債権に対応する訴外会社の債務が同政令第七条第一項第一号にいう「特殊整理に要する費用に係る債務」に該当すること及び本件強制執行の目的となつた訴外会社の預金債権が同令第八条第一項にいう「整理財産に属する資産」に該当することについては、当事者間に異論のないところである。

そこで「特殊整理に要する費用に係る債務」が同令第八条第一項にいう「整理財産に属する債務」に該当するかどうかを考える。

右政令には、原告の指摘するとおり「整理財産」の定義はあるが(第二条第二項第六号)、「整理財産に属する債務」の定義規定はない。しかし同令第七条第一項本文の規定が「整理財産に属する債務」の消滅行為の制限を規定する一方、「特殊整理に要する費用に係る債務」、その他同項各号に列記する「在外会社」の債務について、同項本文に対するただし書の形式をもつて無制限の債務消滅行為を認めていること、在外会社の「整理財産に属する債務」の弁済及び残余財産の分配の順位を定める同令第二八条第一項の規定が「特殊整理に要する費用に係る債務」を、同令第七条第一項ただし書に規定する許可業務について生じた債務等とともに、その第一順位の債務として掲げていることからすれば、「特殊整理に要する費用に係る債務」が少くとも同令第七条第一項本文にいう「整理財産に属する債務」であることは疑問の余地がない。同令第八条第一項にいう「整理財産に属する債務」は、同条の規定の位置から見ても特段の理由がないかぎり同令第七条第一項本文にいう「整理財産に属する債務」の意義と同様に解すべきであり、従つて、同令第八条第一項にいう「整理財産に属する債務」は、「特殊整理に要する費用に係る債務」を含むものといわなければならない。

そして、他面同令第八条第一項の規定のもつ実質的意義を考えてみるに、在外会社の特殊整理は、主務大臣の選任した特殊整理人が国家の公的機関としてその職務の全般にわたり主務大臣の監督に服しつつ、強力に実施することを企図していることが同令の規定の全般から看取されるから、このような同令の趣旨からすれば、同令第八条第一項は、特殊整理の主要な対象である同令第二条第一項第六号にいう「負債」のみならず、特殊整理の手続費用についても、その債権者による強制執行等を禁止し、その債務の弁済は、専ら特殊整理人の職責と主務大臣の監督権の行使とに委ねることとして、整理事務の円滑迅速な遂行を期したものとされるから、上記の判断に不都合はないと考える。

同令第七条第一項及び第八条第一項にいう「整理財産に属する債務」とは、前記の「負債」のみを指称するものとする原告の主張は、同令が「整理財産」についてとくに定義を掲げているのに、「整理財産に属する債務」について別段の定義規定を設けていないことに着眼すれば、一応もつともと思われるが、同令の規定の全体を観察すれば、同令第二条第一項第六号ロの規定は、在外会社の債務のうち、指定日現在における一定の範囲の債務のみを「負債」として掲げたもので、これと「整理財産に属する債務」とは必ずしも同一の意義を有しないことが理解されるから、原告の所論には賛成することができない。

以上に述べたとおり、同令第八条第一項は、「特殊整理に要する費用に係る債務」の債権者といえども、その強制執行を禁止するものと解すべきであるから、特殊整理のために要する費用である本件報酬債務のため強制執行が右の禁止規定に抵触することは明かであり、本件差押命令及び転付命令はいずれもその実質的効力を欠くものといわなければならない。

してみると、右転付命令によつて、被告に対する預金債権を取得したと主張する原告の請求は、その他の争点について判断するまでもなく失当であるから、これを棄却すべきである。

よつて訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 中田秀慧)

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